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交通事故に遭いました(その2) [自分のこと]

前回9月の交通事故のことを書きましたが、その補足です。

私自身は事故時の記憶がほとんどないのですが、頭を打っていたにも関わらず意識が非常にはっきりしていたそうです。

そのため警官や救急隊員は大した事故とは判断しなかったようです。これが大きな落とし穴でした。
普段から「大丈夫、大丈夫」などと変に強がる傾向にある私にありがちなことでした。

受け答えもしっかりしていたため、搬送先は近くの救急病院でした。規模はそれほど大きくありません。
そこで「腰を打った、足が痛い」という私の申し出に基づき、腰のレントゲンと一応頭のCTを撮られました。

特に骨折もなく脳のCTもきれいでした。その上脳外科の先生が月曜日にならないと来ない(事故の日は金曜日)とのことで、月曜日に再来の予約を入れそのまま帰宅となりました。

がしかし、自覚はなくとも腰も頭も打っていたので立つことも適わず、座っているのもつらい状況でした。
「こんな状態で家へ帰すの?!」という強い疑問が。そして普段見ている海外の医療ドラマで「頭を打ったら24時間経過観察」という場面を何度も目にしていましたので、後から駆け付けた娘に、「大きな病院にかかりつけがいて、このまま脳外科に受診したいので紹介状を書いてもらって」と指示を出しました。

大きな病院のかかりつけというのは4年前にフィッシャー症候群で入院した病院です。特にかかりつけではありませんが、かかりつけといった方が話が早いのです。

で、その紹介状をもらっていったん自宅へタクシーで帰り、診察券やらなにやらを持ち、再度タクシーで近所の大学病院に行きました。

午後でしたので外来受付は終わっていましたが、交通事故で紹介状を持っていたので、すんなり待たされることなくそのまま再度CT撮影。
そこで脳内に出血が見つかり、そのままハイケアユニットに緊急入院となりました。

出血箇所をこれ以上広がらないようにするため、絶対安静、絶食です。
点滴や酸素吸入器やいろんなものをあれやこれやとつながれました。トイレも行かれません。

「このまま出血が止まらなければ開頭手術です。丁度理性や言語を司るところなのでなるべく出血は小さい方がいいので。」とドクターの話を聞き、まあ大変なことになったなあとぼんやり考えていました。

後から考えますと、もしあのまま家に帰っていたらと思うとぞっとします。
出血はもっと広がっていたでしょうし、そうなると言語を操ることや、理性のコントロールが難しくなっていたことでしょう。50歳過ぎにしてほとんどアルツハイマー状態です。

ブログにこんなことを書くこともかなわなかったでしょう。

ほんとに紙一重のところで今に至っています。

ですので、よく覚えていてください。
頭を打ったら24時間経過観察、絶対安静ですよ。
今回の私のように外傷が全くなくとも脳内出血している可能性はあります。見た目ではわからないこともあるんです。

余談ですが、頭を打っていて急変の可能性もあるとのことで、3日前に20歳になったばかりの娘は、私の気管切開、人工呼吸器装着の同意書にサインさせられました。
(4年前のフィッシャーの時も、上の娘が20歳になったばかりで、同じ書類にサインさせられています。主人はいったい何をしていたのでしょう?4年前は単身赴任中でしたが)

娘たちが人生の節目を迎えた直後に毎回入院。
神様が「子育てお疲れ様」とくれた、お休みなのかもしれないと思うことにしました。

そして毎回紙一重のところで完全復活。

義理の妹に言われました。

「〇〇家(私の旧姓)の人たちって、いつでも命の危険があるすごい状態から、必ず何事もなかったかのように復活するので今回も全然心配しませんでした。」

そうです。義妹のダンナである私の弟も、6メートルの大木から落ちて頭がい骨骨折、生コンミキサーに手を挟まれたりと、たびたび大きな怪我で入院していますが、普通に仕事して生活しています。

何の因果があるのかわかりませんが、人生何があるかわかりません。
日々を心置きなく暮らしましょう、という結論に至っています。
皆様も今日という日を精一杯生きてくださいね。

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